花信風 季節からのたより

季節と花を追いかけて。花の名前や由来、伝説・・・・を集めています。 過去記事は、加筆などして日付を移動させたりしています。

撮った写真を月別に掲載しています

はこべ(繁縷) 春の七草

別名:ハコベラ・ヒヨコグサ 古名:朝菜 英名:チック・ウィード


はこべら 繁縷
はこべら 繁縷 posted by (C)花信風


・ナデシコ科  越年草  草丈:10~30cm   ・花期: 3~9月  ・原産:
 
花言葉  いじらしい
誕生花  1月9日
名の由来 ハビコルから来た説など。
漢名の繁縷はよく茂り葉の中に糸があることに由来。
鳥がよく食べるのでひよこ草とも呼ばれた。ほか方言は100以上あるといわれる。


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葉は対生している。這うようにして広がる。茎には片側に短い毛がある。
白い小さな花で花びらは5枚。それぞれの花弁がVの字に深く切り込まれているので
10枚にみえる。 道ばたでよく見かける。日当たりを好む。

アリに種を運んでもらう!種にアリの好きな栄養分が突起状についていて、アリが巣に運んで食べ、種の部分を捨てる。こうして種が遠くまで運ばれる。


食べられる!春の七草
早春(1、2月)の若い葉は七草粥にする。小鳥やウサギの餌としても利用された。

 昔は民間薬として、全草の煎じ知るを利尿、催乳、浄血作用に服用した。
炒って塩を加えたものを「ハコベ塩」といい、歯磨き粉に使った。

似ている花  ミミナグサ
小形で茎が紫色っぽいコハコベ、花弁のないヨーロッパ原産のイヌハコベ
私には区別ができませんが・・

・いざ子ども香椎(かしひ)の潟(かた)に白妙の袖さえぬれて朝菜摘みてむ
 *朝菜はハコベの古名                        巻6 957 大伴旅人
 
・子諸なる古城のほとり雲白く遊子悲しむ 緑なす繁縷は萌えず若草もしくによしなし
                                        「落梅集」島崎藤村
     ・カナリアの餌に束ねたるハコベ哉   正岡子規
     ・犬抱いてはこべの道を獣医まで    小林清之介
     ・園の雨はこべ最もみどりなる      富安風生


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道路は舗装され、見かけることは少ないですが、街路樹の根元にたまに見ることがあります。
庭にハコベが生えました。柔らかい緑色です。小鳥が食べに来るかも、「無農薬ですよ!」。
アリに種を運んでもらう!これってスミレと一緒。



 
✿応✿援㋵✿㋺✿㋛✿㋗✿㋧✿ 
 

ははこぐさ(母子草)    春の七草

別名:ほうこぐさ おぎょう ごぎょう  古名:波々古(ははこ)



・学名:Gnaphalium affine
・キク科  2年草  草丈:15~20cm  ・花期: 4~5月  ・原産:日本、朝鮮半島、東南アジア

花言葉  いつも思っています
名の由来 大小の立ち姿が母子の様な印象を与えるから。漢名の「蓬高(ホオコウ)」から転じてついた名とされる。オギョウとは人形の意。

葉は厚いヘラ形で全体に白い綿毛が密生している。白っぽい緑の柔らかい葉。
根本から数本に分かれの茎が伸びその先端に黄色い小さな花が密集して咲く。
冬はロゼットになっているが花のころには消える。
しっかりと根を張り、毎春同じ所に必ず花を咲かせる。

食べられる!春の七
七草粥にして食べる。平安時代から江戸時代までは草餅にして食べられたいた。

似ている花  ちちこくさ(父子草)

はなのさく 心もしらず春の野に はらはらつめる ははこもちひぞ
 「末木集」和泉式部

      ははこぐさはじめのことば忘れけり  矢島渚男
      老いて尚なつかしき名の母子草    高浜虚子
      菩提寺へ母の手を引き母子草     富安風生



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春の七草

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せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ これぞ七草

七草粥  

1月7日は 「人日の節句」「七草節句」「若菜の節句とも呼び、
古来より七草粥を食べ、無病息災を祈る習慣があった。

上に洗う若菜の流れきて 妹があたりの瀬にこそ寄らめ」万葉集 巻8 2838
浅茅生(あさじう)の野辺にしあれば水もなき池に摘みつる若菜なりけり」土佐日記 
「7日の若菜を、人の6日もてさわぎとり散らしなどするに、見も知らぬ草を、
子どもの持て来たるを・・・」   枕草子

七草の種類
 もとは七つと決まってはなく「菜々」ではなかったのかと思われる。
「芹(せり) 薺(なずな) 鼠麹草(ごぎょうそう) 繁縷(はこべら) 
臭蒿(ほとめのざ) 菘(すずな) 蘿龍(すずしと)これぞ七草」 
南北朝時代の四辻左大臣善成の歌にした。これが今の七草の由来。

緑の野菜の少ないこの時代、若菜は栄養的にも理屈もあるように思われます。

君がため春の野に出て若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ 古今集 光孝天皇

徒然草は清涼殿北の黒戸の御所は、天皇が臣下だった不遇な時代を忘れず、
煮炊きなどもされたすすのあとだという逸話を残している。

江戸時代になると 前日の6日に七草を摘んで、
7日の早朝、まな板の上に青菜を置き、
「七草ナズナ唐土の鳥が日本の土地に渡らぬ先に 七草祝をカチカチカチ」と
七草ばやしを歌いながら包丁で49回叩いて、粥に入れた。
冬鳥と夏鳥の入れ替わるころは、味が悪くなるので 
その前に食べようという意味らしい。

キッコーマンホームクッキング七草粥

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スーパーでは レトルトのお粥が目立つところに置かれていました。


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